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東京地方裁判所 昭和32年(レ)583号 判決

控訴人 石井民雄

被控訴人 株式会社第一銀行

右代表者 酒井杏之助

右代理人弁護士 福井盛太

同 宮沢邦夫

主文

本件控訴は、これを棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

浦賀ドツクが、昭和三二年五月二〇日、二〇億円の資本を倍額に増資し、旧株一株に対し新株一株を割当て、新株一株の払込金額を五〇円とし、その株式申込証拠金の払込締切期日を同年九月一四日と定めたことが、日本興業が同年九月一四日右新株二〇〇株の申込証拠金の支払として控訴人振出の本件横線小切手を、新宿西口支店に交付しようとしたが、新宿西口支店で、その受領を拒絶したことは、当事者間に争がない。

控訴人は、被控訴銀行が右小切手による申込証拠金の払込を拒絶したのは、日本興業の株主権、財産権及び控訴人の名誉権若しくは期待権を侵害したものであると主張するから、この点について判断する。

控訴人本人尋問の結果及びその供述により真正に成立したと認める甲第二号証の記載当審証人加科常男の証言を綜合すれば次の事実が認められる。即ち日本興業は浦賀ドツクから、増資新株二〇〇株の割当をうけたのでその取締役である控訴人は右株式申込及びその証拠金支払の為、昭和三二年九月一四日午前一一時頃浅田智嘉雄をして申込証及び本件横線小切手を、新宿西口支店に持参、提出せしめたが、同支店為替係加科常男は、同人に対し、右小切手は横線小切手なるが故に、その受領を拒絶する、右小切手の支払人である日本相互銀行阿佐ヶ谷支店和田堀出張所は、新宿西口支店からは、バスで三分で行かれるところであるから、現金にかえて持参支払われたい旨述べた。同人は、早速控訴人方に戻つて、その旨を伝えたが、控訴人は右小切手を現金化する手段をとらず、直ちに電話を以て加科常男に対し、小切手受領拒絶の事由を問訊した。同人は控訴人に対し、再び前記理由を述べた外、当日は土曜日で正午までが右支店の営業時間であるが、控訴人が現金を持参するならば、右支店としては、正午を過ぎても、申込受付の手続を為す旨を述べたが、控訴人は、それに応じなかつた。新宿西口支店は、銀行小切手、又は予て自己の取引先で、その信用状態の判つている者からは、小切手による株式申込証拠金の支払をうけたことがなく、控訴人とは、曽て銀行取引をしたことがなかつた。新宿西口支店は申込締切期日より二、三日前に、取引先でない者から、小切手によつて株式申込証拠金の支払をうけたことがあるけれども、それはその小切手が、交換決済されることを条件として、即ち被控訴銀行の危険負担に於て、為したことであつて、締切期日当日には、そのような取扱をしたことがなかつた。たまたま前記締切当日、日星産業株式会社が、新宿西口支店に対し、支払人株式会社三菱銀行なる小切手を以て、浦賀ドツクの株式申込証拠金の支払をしたが、それは日星産業株式会社が予て新宿西口支店と取引関係があるからであつた。控訴人が、被控訴銀行本店、又は新宿西口支店に於て、株式申込証拠金の支払を為したと主張するものは、現金か、或は、被控訴銀行に於て、控訴人が申込締切当日より、二、三日前に、小切手を交付したので、控訴人の便宜を図つて、受領の手続をしたものであつて、受領の義務があるという見解の下に、為したものではなかつたし、控訴人が申込締切当日に、小切手を持参したものは、それ迄に、一度もなかつたことが認められる。右認定に反する部分の控訴人本人尋問の結果は、当裁判所の採用しないところであり、他に右認定を覆するに足りる証拠資料はない。

控訴人は、被控訴銀行が、小切手による、株式申込証拠金の支払を拒絶するならば、その旨を、公示して周知せしめ、被用者をしてその事務取扱に過誤なからしめるよう、善良な管理者の注意を払うべき義務少くとも、商慣習による理法上の小切手受領の義務があると主張するけれども、被控訴銀行が、株式申込証拠金の、小切手による支払を総て拒絶しているものでないことは、前段認定の通りである。銀行が、自己の取引先又は他の銀行からのみ線引小切手を取得し得、その他の者から取得し得ないことは小切手法第三八条第三項の明定するところであるから、被控訴銀行としては、線引小切手について、右のような取扱を為すことを公示し、又は被用者をして、事務取扱上過誤なからしめるよう、注意を払うべき義務はないと謂わなければならない。

成立に争のない甲第七、第八号証、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし三、第一三号証の一、二、第一四ないし第一七号証、第一八号証の一、二、第一九号証、第二一号証の一の各記載、控訴人本人尋問の結果及びその供述により真正に成立したと認める甲第三、第四号証の各記載によれば、控訴人は、自己振出の小切手を以て、日清紡績株式会社、東洋紡績株式会社、東洋レーヨン株式会社、日本郵船株式会社等の、増資新株申込証拠金の支払をしたことが、認められるけれども、右各株式会社の払込取扱銀行が、控訴人との取引関係が無いに拘らず、控訴人振出の横線小切手を以て、支払を受けた事実、いわんや、さような横線小切手を以て株式申込証拠金の支払を受ける商慣習の存在することは、控訴人のあげる全証拠資料を以ても、これを認めることができない。寧ろ、小切手法第三八条第三項に違反する商慣習の発生する余地はないし、かかる商慣習の存在は、許されないと解すべきである。

してみれば、被控訴銀行新宿西口支店が前記日時、日本興業に対し、控訴人振出にかかる本件横線小切手による、株式申込証拠金の支払を拒絶したのは、銀行業者として、当然な処置であり、それによつて日本興業の株主権、財産権、控訴人の名誉権、期待権の侵害され得べき余地は全くないと断ぜざるを得ない。

控訴人の本訴請求は、既にこの点に於て、失当であるからこれを棄却する。原判決は右と異る理由の下に、控訴人の請求を棄却したが、結論に於て、結局相当であるから、民事訴訟法第三八四条第二項により、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条本文、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鉅鹿義明 裁判官 林田益太郎 吉川清)

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